後藤回漕店について

後藤回漕店の歩み

History
History

明治時代

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るまの誕生

1877(明治10)年
 1877(明治10)年10月10日、創立者・後藤勝造は、神戸町海岸通3丁目に「まるま蒸気船問屋後藤勝造」を開業しました。当時は、菱垣回船や樽回船といった帆船が主流の時代でしたが、勝造は蒸気船の時代が来ることを見越して「蒸気船問屋」と銘打ったことは、先見の明と評されました。

 その後も勝造は意欲的に事業を拡大し、1882(明治15)年4月には清国・天津領事館へ貨物運送取扱の奉願書を提出。1885(明治17)年に、現在まで続く大手海運会社の日本郵船会社が誕生した際も、傘下に入った24店舗(7階級)のち最上級である「甲」ランクに選ばれた2店のうちの1つになるなど、確固たる地位を築き上げました。
1877
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湾へ回漕業を拡大

1895(明治28)年~
 日清戦争後、日本は清国から台湾を割譲されると、勝造は台湾の豊かな地下資源と農産物に着目し、いちはやく台湾での回漕業界紙を申請。1895(明治28)年8月には「まるま後藤組」を設立し、台湾での通商および回漕業を開始しました。

 後藤組は、台湾総督府の専売品である「阿片・樟脳・煙草・酒」などの運搬を請け負い、特に阿片と樟脳の輸送では、全島の輸送をほぼ独占。こうした事業拡大の背景には、当時の台湾総督府民政長官・後藤新平の強い勧めによるものと言われています。新平と勝造は、新平が公務出張の際、神戸の後藤旅館を利用したことがきっかけで、その後も生涯にわたって深い交流を続けていました

 さらに、台湾本土沿岸の航路整備を進めるとともに、日本と台湾を結ぶ定期航路や、青島・旅順・釜山などの大陸向け航路も次々に開設し、海運業と台湾内での事業を拡大。
1897(明治30)年頃には、日本石油が台湾南部の苗粟、竹東方面に進出した際も、まるま後藤組は同社の掘削機や資材の輸送を取り扱いました。
1895

大正時代

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式会社への移行

1921(大正10)年
 社業の近代化を図るため1921(大正10)年3月25日、資本金8万円で「株式会社後藤回漕店」を設立、後藤鉄二郎が初代社長に就任しました。その後、1929(昭和4)年のニューヨーク株式市場の大暴落や世界恐慌の影響を受けるも、社員一丸となって堅実第一で困難を乗り切りました。
1921

昭和時代

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時統制時代

1917~1945(昭和12~20)年
 1937(昭和12)年、日本は戦時統制経済へ移行。海運統制令、陸運統制令に続き、1941(昭和16)年には「港湾運送業等統制令」が施行され、各港ごとの事業統合が進められました。神戸港は特例として7社併立が認められ、後藤回漕店は実績と伝統を評価され、港湾運送業における企業集約の母体資格を取得しました。翌1942(昭和17)年には、後藤勝一が二代目社長に就任しました。
1917
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時下の輸送より

1943~1944(昭和18~19)
 戦時下の1943~44(昭和18〜19)年、まるま後藤は、日本石油川崎製油所の全施設を解体し、台湾の高雄へ13隻の船で輸送。敵潜水艦の脅威がある中、台湾の日通とも連携し、一隻の事故もなく輸送を完遂させました。このときの経験が、1955(昭和30)年以降の海外プラント輸送の先駆けとなりました。
1943
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後の立ち直り

1945(昭和20)年~
 2度にわたる空襲で被災した神戸本社は、焼け野原の中で急造のバラックを建てて戦後の第一歩を踏み出しました。1946(昭和21)年6月には、波止場町に社屋を建設し、民間貿易の再開に伴い事業を本格化。倉庫経営や荷役施設の整備、九州定期航路の開設など経営規模を拡大し、特に兵庫倉庫は、一般に倉庫が不足していた時代に大きな強みになりました。

 その頃には事務所が焼失した東京営業所も間もなく多忙になり、新潟出張所も好況。幸いにして戦災を免れた大阪営業所は通関業の免許を取得し、在阪大手鉄鋼メーカーや大手商社など新規荷主との取引が進展しました。
1945

後復興と
「当たり前に物を運ぶこと」への挑戦

 戦後の混乱期、日本は物資不足とインフラの壊滅という厳しい現実に直面。その中で、後藤回漕店は物流基盤の再建に果敢に挑み、「当たり前に物が運ばれる」状態を取り戻すべく邁進しました。被災した社会の中で、国民生活や産業再興のために必要不可欠な物流サービスを、確かな技術と信頼で支え続けたその歴史は、今なお後藤回漕店の誇りとなっています。
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合一貫輸送体制への移行

1957(昭和32)年~
 1957(昭和32)年、他社に先駆けてプラント輸出の取扱を開始。1961(昭和36)年のインド・デリーの火力発電プラントでは、国内輸送も含めた一貫輸送を実施し、プラント輸送の本質である輸送から現地業務まで含めた長期滞在のワンストップ物流を確立しました。これ以降、取扱実績は北欧、アジア、北・南米、中東、アフリカへと広がり、「日本のまるま」から「世界のまるま」へと大きく飛躍しました。
1957
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るまグループの誕生と連携

1971(昭和46)年~
 1970年代は、物流・流通業界を筆頭に産業経済界全体にイノベーションの波が押し寄せる中、1971(昭和46)年1月に後藤系列と関連12社は、「まるまグループ協議会」(のちの「藤交会」)を発足。相互協力や活動の調整、協同研究などを行い、グループの成長を支えました。
1971
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業100年

1976(昭和51)年10月10日
 1976(昭和51)年10月10日、後藤回漕店は、草創から100周年を迎えました。記念式典での後藤勝一社長の挨拶では、「不騙、不犯、不奪(だまさず、おかさず、うばわず)」の精神を再確認し、新時代へ向かう決意が示されました。挨拶の要旨は次のとおりです。

 「本日、この日を期して百年前同月同日と同様の気概を以て新しい時代に向かって邁進していただきたい。吾々は創立者の不騙、不犯、不奪(だまさず、おかさず、うばわず)の精神を再確認し、遵守していかねばなりません。
1976
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算ネットワークの構築

1980(昭和55)年~
 営業、業務、通関、倉庫貨物管理の連携を強化するため、後藤回漕店は電算システムを導入し、業務効率化を推進。いち早く得意先とのオンライン化による顧客サービスを開始しつつ、さらにまるまグループ各社とのネットワークを拡充し、税関の情報処理システム(NACCS)と自社システムを連結させるなど、社内外との電子データー交換(EDI)を実現しました。
1980

しい時代に即応した
輸送・情報処理システムを開発し、
経営革新を遂行

 後藤回漕店は、1980(昭和55)年から新時代のニーズに応えるべく、革新的な輸送システムと情報処理システムを次々と開発し、経営革新を推進。最新のコンピュータ技術を導入することで、物流の効率化と正確な貨物管理を実現し、国内外の拠点との連携強化によって業界内で確固たる地位を築き、産業界に対して着実な貢献を果たしてきました。

平成時代

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戸港における主力拠点の構築

1985~1990 (昭和60~平成2)年
 1980年代後半からは、六甲アイランド事業所を設立し、雨天荷役対応倉庫やコンテナーシャーシ14台据付可能な高床式倉庫を建設。さらに、多目的利用可能な第2倉庫を増築し、神戸港における港湾運送事業の主力拠点と確立しました。
1985
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際物流ネットワークの拡充

1988~1997(昭和63~平成9)年
 世界各国の優秀な海外事業者と提携し、国際ネットワークを強化することで国際複合一貫輸送体制を確立しました。

 特に東南アジアでは、シンガポールに現地法人としてGOTO SOUTHEAST ASIA PTE LTD. 韓国にGOTO KOREA CO.,LTD. 台湾に後藤順風股份有限公司、フィリピンにGOTO LOGISTICS INC.を子会社として設立。香港、上海にも駐在員事務所を開設し、東南アジアにおける物流業者として確固たる地位を築き上げました。
1988
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ローバル化への取り組みを一気に加速。
新たな後藤回漕店へ歩みを進める

平成時代、後藤回漕店は国際市場への進出を加速させ、海外拠点の拡大に向けて戦略的展開を開始。1985(昭和60)年にはシンガポールに駐在員事務所を開設し、1989(平成元)年には台湾に「後藤順風股份有限公司」を設立。1994(平成6)年にはソウル・釜山・香港・上海事務所、そして1997(平成9)年にはフィリピンに現地法人GOTO LOGISTICS INC.を設立するなど、アジアを中心としたグローバル物流ネットワークを着実に拡充しました。これにより、世界各地のお客様のニーズに応える体制を整え、新たな国際展開の道を切り拓きました。
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ステムの整備と施設の整備・拡充

1998~2004(平成10~平成16)
 1998(平成10)年以降、当社が開発したB/L情報システムを一般向けに販売し、コンピューターを活用した省力化を推進。その取り組みが評価され、「関西IT活用企業百選」の優秀企業にも選ばれました。
 また、第四倉庫・六甲第一倉庫・六甲第二倉庫には、雨天時の荷役に対応するための庇を増設。さらに、源兵衛ビルの改修工事も実施し、施設の機能向上を図りました。
1998
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内外の各拠点を拡充

2004~2024(平成16~令和6年)年
 2004(平成16)年、中国に「後藤物流(上海)有限公司」「香港後藤物流有限公司」を設立。その後も海外拠点を拡充し、ベトナム・ホーチミンに駐在事務所や「GOTO VIETNAM CO., LTD.」、オランダ・アムステルダムに「GOTO EUROPE B.V.」、そしてフィリピン・マニラに「GOTO PHILIPPINES LOGISTICS」などを設立しました。他にも、タイに「バンコク事業所」「GOTO(THAILAND)CO., LTD.」、インド駐在員事務所など各国に事業所や現地法人を新設し、海外ネットワークの拡充を進めました。
 また、国内においても事業基盤の強化を図り、2008(平成20)年から2024(令和6)年にかけて本社社屋をはじめ、摩耶梱包倉庫、水島第一倉庫、武蔵小杉独身寮などの新設を行い、物流機能の向上と事業環境の整備を推進しています。
2004

次の第一歩に向けて

1877(明治10)年の創業以来、後藤回漕店は時代の変革とともに挑戦を重ね、確かな伝統と革新的な取り組みで、国内外の物流基盤を築いてまいりました。私たちは、常に「当たり前に物が運ばれる」安心・安全な物流の実現に努め、多様化するニーズに応えるための技術革新とグローバル展開を推進してきました。